CBPになるまで⑨

ブログ用の写真を
必死で撮り溜めてます

CBPになるまで①〜⑧

無事大学を卒業しスポーツクラブに就職、愛知県から最初の配属地、広島へ引っ越しました。

これまた大学時代と同じように身体を動かすことが仕事のような職種なのでとにかく動きまくりの毎日です。

業務はもちろんのこと、トレーナーとしての知識をガンガンに詰め込まれました。今考えたらとてもありがたい環境です。

が、当時は感謝の気持ち全くなし笑

教育担当の先輩に不平不満をぶちまけ、なんども「やめたい!」と口にした覚えがあります。

その研修期間にがっつりと体調を壊したことがありました。

気持ち悪い。。フラフラする。。
でも、仕事は休むことなく出勤しました。

このことが、30歳の時に初めて受けた
ボディートークででてくる内容となったのです。

⑨へ続く

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最初の勤務地広島は、プロスポーツ選手・実業団選手がご利用されていました。

どこまで書いて良いかわからないのでどんな種目の選手がお越しになったか文章からご想像ください。

・太もも60センチの選手
・真っ黒に焼けた選手
・身長2mを超える選手

などなど。

一度だけ「電撃爆破」で有名なあの人も来られたことがありました。

当時あまり選手を知らなかった私は「日差しで真っ黒に焼けた選手」にとっても失礼な対応をしたことがありました。

この選手さんチームではなく個人的にご利用者されていました。だから、私は「一般人」だと思ってました。

他の会員様と同じようにその方にもお声がけをしていました。

いつも同じブランドの違うウエアを着て来られていたのである日そのことをネタに話しかけました。

私)「スポーツされてるんですか?」

選手)「はい、ちょっとだけしてます」

そのあとも何かしらやりとりしてその場を立ち去りました。その会話を聞いていた先輩にから裏によびだされました。

先輩)「あんたあの人誰か知ってる??」

私)「いえ知りません」

先輩「(ある競技の)日本代表選手よ!!」

私)「えーーーーーー!!」
その後、謝りにいきました。

なんとも心の広い選手さん。
笑顔で対応してくださいました。

その後、
その方が引退するまで
全力で応援したのは
言うまでもありません。