店主のツブやき

店主のツブやき~『普通』の難しさ~

普通って言葉をWEB辞書で調べてみると、

いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま。

goole先生より

なるほど。ありふれたものであること、ね。

であれば、店主の今までの人生『ほぼ普通』です。

学生生活を終え、会社に就職。その会社を辞め、お店を始めて今に至ります。

もしかしたら、会社を定年退職するまで続けなかったこと、『会社を辞める』という選択をしたことは時代が時代であれば『普通ではない』と言われるかもしれません。

そうやって他者目線で細かく見ていけば普通じゃない部分もあるかもしれないので『ほぼ普通』と表現しました。

当店のメニューには、ボディートーク・エムレス・ヒリオソールなど『普通』のサロンにはあまり用意されていないメニューがあります。

もしかしたら、かっさでさえ『普通』のメニューではないと認識されているかもしれません。

となると、当店は『普通』のサロンではないのでしょうね。

この言葉、耳にすることはありませんか?

・普通にしなさい

・みんなやってるよ(=普通はやるもんだよ)

・普通じゃないよね(=普通にしたら?)

『普通』が良しとされ、『普通ではない』が悪いとされている言い方に聞こえます。

冒頭に書きましたが、『普通』とは いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま。であって、『普通』とは 良いものである という意味ではなさそうです。

個性を尊重する・多様性を認め合う今の時代に、常に「どこにでもあるような、ありふれたもの」を選択するって、案外難しいと感じます。

自分のモノサシが世間のものと違えば、『普通』を選択することはできませんし、『普通』つまり『常識』も異なってきます。

だから、みんな違っていいと思うし、違うのが当たり前だと思っています。

その違いを認め合い、それでいて自己主張しすぎず、お互い譲歩する気持ちがあれば上手くいくのではないでしょうか。

ただ、個性を尊重する・多様性を認め合うことが今のご時世『普通』だよ!って言われたら、『普通=どこにでもあるような、ありふれた認識』になるので、必ずそれに合わせることが『良いこと・必要なこと』とはなりません。だから、認めないということも受け入れることが大切に思います。

普通って難しいなー。

店主の理屈っぽいツブやきでした。